私もスタジオで毎回散漫に終わっていた

社会人になってスタジオを週 1〜2 コマしか取れなくなった当初、私はいつも同じことをしていました。ロングトーンをして、スケールをして、BB の本番譜の苦手箇所を練習して、コピーを少し……。毎回「全部」やろうとして、どれも 30% の出来で終わる。スタジオ代 1,100 円が虚しい。

リハの後に予定が詰まっている日は、スタジオを出るときの充実感がゼロだった。何かを「やった」感はあるが、翌週の演奏が変わった気がしない。3年間、この繰り返しでした。

転機は、「全部やる」のをやめたことです。

なぜ「全部コピー」では挫折するのか

「全部コピーすべき」という指導の影に隠れた、社会人にとっての時間制約

「プロの演奏をコピーしなさい」というのはジャズの基本的な指導です。間違いではない。ただ、「コピー=完全コピー(全小節・全フレーズを正確に採譜して吹けるようにする)」という前提が、社会人週 1〜2 コマの練習には重すぎる。

完全コピーには、1曲で数週間かかります。その間「何をどこまでやれたか」が見えにくく、途中でモチベーションが落ちる。私が「全コピーで挫折した」録音は3本あります。どれも 2〜3 週間で止まった。

私が辿り着いた答え——1つの録音から「1軸だけ」抜き取る(ターゲット分離法)

3年バリトンを吹いてきて気づいたのは、全部コピーしようとした録音より、1軸だけを抜き取った録音のほうが、自分のソロに残った、ということです。

私が「ターゲット分離法」と呼んでいる練習の発想はこうです——1つの録音から、「今日は何を真似したいか」を1つだけ決める。音色だけ、リズムだけ、モチーフ(フレーズの形)だけ。1軸を絞ることで、1コマ 45〜60 分が使い切れます。

具体的には、聞いた録音の中から「自分はその人の何が好きなのか」を最初に確定させる。音色が好きなら音色だけを真似する。リズムが好きならその人の音そのものではなく、リズムだけを真似する。ソロを聞いていて「ここの1部のフレーズがかっこいい」と感じたら、そのモチーフだけを抑える。これが私の中の練習設計の核です。

ターゲット分離法——音色だけ/リズムだけ/モチーフだけ

「音色だけ」を抜く——Harry Carney でやる

音色軸の練習は Harry Carney から始めることをすすめます。BB 奏者が音色を最初に真似るモデルとして、私が最適だと思う奏者です。Conn 11M の低音域の芯の密度と、長い息持ちで支え続ける安定感——これを音色だけのターゲットとして設定します。

「音色軸」の日は、Carney の録音を30秒だけイヤホンで聴いてから楽器を構える。そしてその日の練習では「自分の音のどこが Carney の音と違うか」だけを耳で追います。フレーズは気にしない。音程も気にしない。音の「芯の質感」「エアの密度」だけを対比します。

「リズムだけ」を抜く——Pepper Adams でやる

私がスタジオで Pepper Adams をかける時は、イヤホンで一度通して聴いてから、楽器を構える前にもう一度——今度は音を消して、頭の中で彼のリズムだけを再生するようにします。音程は意識しない。コードに合っているかも気にしない。8分音符の食い込み方、表拍と裏拍のどちらに重心が乗っているか、フレーズの終わりが拍のどこで切れるか——その3つだけを耳でなぞります。

そのあとで楽器を構え、自分の身体で同じリズムだけを吹いてみる。音は適当な1音でも、Bb ブルーススケールの何かでも構わない。リズムが再現できているかだけを判定する。これだけで 20 分が終わります。

「こんなのコピーじゃない」と感じるかもしれません。私もそう感じました。でも、3年バリトンを吹いてきて、全部コピーしようとした録音より、リズムだけを抜き取った録音のほうが、自分のソロに残りました。社会人で平日のスタジオが週 1〜2 コマしか取れない以上、これしか道はありませんでした。

(Pepper Adams のキャリアと使用機材は個別ページへ。Berg Larsen メタルでのリズムの食い込み方は機材選択にも示唆を与えます)

「モチーフだけ」を抜く——Gerry Mulligan のソロから 1〜2 小節

Gerry Mulligan はアドリブに歌心があり、複雑すぎないソロでも聴かせる力がある。モチーフ(フレーズの形)を抜き取る練習には、Mulligan の短い1〜2 小節のフレーズを使うと取り出しやすい。

ただし、音色を真似ることは別の話です。Mulligan を聴くこと自体はいい。問題は「柔らかい音色」を初心者がちゃんと中身を分かっていないまま真似しようとすると、楽器にしっかり息を入れない癖がついてしまうことです。音色を学ぶ対象としては、Mulligan ではなくハリー・カーネイやペッパー・アダムスを聴いたほうがいい。これは私が遠回りした末に辿り着いた結論です。

Mulligan の柔らかい音色は「結果」であって、そこに至るまでの支えは別にある。初心者が表面だけを真似ると「楽器に息を入れない」癖がつく。私が実際にそのループにハマった時期があります。モチーフは Mulligan から取る、音色は Carney と Adams から取る——この分離が重要です。

スタジオ1コマ60分への落とし込み——前半基礎・後半コピー

ターゲット分離法を1日の練習に落とすとき、私は「前半基礎・後半コピー」の二段構えを使っています。前半20〜30分は基礎の時間。音色・スケール・ロングトーンなどで、バンド本番や楽器の状態に合わせて今日の身体を整える。後半20〜30分は、その日の1軸だけ(音色だけ/リズムだけ/モチーフだけ)に絞ってコピー。1コマで複数軸を欲張らない——これが要点です。

前半 20〜30 分:基礎(身体を整える)

前半の目的は「今日の身体を整えること」です。ロングトーンで音色のコンディションを確認し、スケールで指の動きを確かめ、バンド本番が近ければ苦手箇所を1〜2 箇所だけさらう。あれもこれもやらない。身体3階層(アンブシュア→体幹・姿勢→呼吸)の現状を確認して、今日の後半コピーの軸を選ぶ判断材料にします(身体3階層についてはマウスピース記事も参照)。

後半 20〜30 分:コピー、ただし「1軸だけ」

前半で整えた身体の状態に合わせて、その日の1軸(音色/リズム/モチーフ)を1つ選ぶ。複数軸を欲張らないが最大の規律です。「今日はリズムだけ」と決めたら、音程が外れても気にしない。リズムが Pepper Adams に1ミリでも近づいたかだけを評価する。

ではブルーススケールはいつやるのか

ブルーススケールは「前半基礎」の中の1要素として位置づける

Bb ブルーススケールは、アドリブ入門の定番として有効です。前半基礎の中で「スケール」として取り上げる選択肢のひとつとして位置づけています。ただし、これを毎回毎回前半で延々やることはしません。身体が整っていれば省略して後半に早く入る。逆に調子が悪い日は前半を伸ばす。状態次第で配分を変えます。

ジャズアドリブを始めたばかりで「とにかく何か1つから入りたい」という場合は、Bb ブルーススケール → Bb ブルース 12 小節の順で入るのが最短ルートです。記譜音で G - Bb - C - Db - D - F - G(バリトンは Eb 管なので実音 Bb)。まずこれを低域から高域まで吹けるようにしてから、1〜4 小節に Bb スケールで乗っかるところから始めてください。

「最初の4小節が出てこない」を分解する——詰まっているのは音色か、リズムか、モチーフか

アドリブの「最初の4小節が出てこない」という壁は、3種類の欠落のどれかに分類できます。

  • 音色の欠落:吹き始めの音色が自分の耳で「違う」と感じて止まってしまう。→ 音色軸の練習が足りていない。Harry Carney で音色軸を重ねる。
  • リズムの欠落:何を吹けばいいかはわかるが、「乗り方」がわからず出だしが遅れる。→ リズム軸の練習が足りていない。Pepper Adams でリズム軸を重ねる。
  • モチーフの欠落:1小節目は出てくるが2小節目に繋がらない。フレーズの「続き」がない。→ モチーフ軸の練習が足りていない。Mulligan の1〜2 小節を繰り返す。

「最初の4小節が出てこない」と感じている日に、自分がどの欠落で詰まっているかを診断して、翌日のスタジオで何をするかを決める。これが「1コマ=1軸」の前提にある診断の作業です。

私が3年間でやめた4つのこと(失敗ログ)

  • スタジオで基礎・スケール・コピー全部を1コマに詰め込むこと。前半で身体を整え、後半は1軸だけにしてから、スタジオ代の充実感が変わった。
  • Mulligan の音色を真似ること。楽器に息を入れない癖がついた。音色は Carney から取る、と決めてから芯が戻ってきた。
  • 「全コピー」を完了してから初めて自分のソロにする発想。完了しないまま月日が経つ。1軸を抜き取る発想に変えてから「今日の練習が自分のソロに反映された」という実感が出てきた。
  • アンブシュアを緩めれば緩めるほど鳴ると信じること。これについては「バリトンサックスのアンブシュア、緩めるか支えるか」に詳しく書いています。

まずは明日のスタジオから——15分の入り口

1日メニューを変えるのが大ごとに感じるなら、まず後半 20 分だけを「1軸だけ」に変えるところから始めてください。前半の基礎はそのままでいい。後半の最後の 20 分を「今日は Carney の音色だけ」「今日は Adams のリズムだけ」と決めて終わる。

2週間それを続ければ、「最初の4小節が出てこない」の中身が「音色なのかリズムなのかモチーフなのか」に分解されてきます。問いが具体的になると、スタジオに入る前の準備(何を聴いておくか)も変わります。

Harry Carney の音色に集中した具体的な45分メニューは、「ハリー・カーネイの音色を社会人45分で真似る3段階メニュー」に書きました。「1軸=音色」を実際のスタジオで何をするかレベルまで落としたガイドです。

本記事は「埋める側の戦略」を中心に書きましたが、「埋めない側の戦略」を試したい方は「最初の4小節は、音じゃなく間で持つ——ハリー・カーネイから始める『歌わせ方』入門」へ。最初の4小節を間で持つテンプレートを、両論併記でどうぞ。

コピー対象の奏者を深く知りたい方は「バリトンサックス奏者が最初に聴くべき5枚」もご覧ください。