なぜ「おすすめ5選」を書かないのか
バリトンサックスのマウスピースは、アルトやテナーと比べて流通量がとにかく少ない。楽器店に行っても試奏機がほぼ揃っておらず、ネットのレビューも数えるほどしかありません。そんな条件で「おすすめ5選」を並べて「お好きなのをどうぞ」と渡すのは、私は無責任だと考えています。
代わりに、この記事では私が大学でバリサクに転向してから今日までに乗り換えてきた4本のマウスピースを、通った順に書きます。なぜその1本を選んだか、なぜ次に移ったか、その判断軸を丁寧に取り出すほうが、あなた自身の1本を選ぶ助けになるはずです。
私のマウスピース遍歴
1本目:Meyer 8番 ── 大学のジャズ部で最初に持った
私は大学1年生の終わりに、アルトサックスからバリトンサックスに転向しました。最初に手にしたバリサク用マウスピースが Meyer の 8番です。
Meyer の良かったところは、ジャズらしい明るさと、コンボでアドリブを吹いたときの前への出しやすさでした。初めてバリサクを手にした私にとって、音が「鳴ってくれる」感覚が掴みやすい1本でした。
物足りなさが見え始めたのは、Count Basie のビッグバンド譜面をかなり極めて吹いていた時期です。セクションの中で他のサックスと混ざる瞬間の音色が、もう一段「暗く」欲しい、と感じ始めました。Meyer の明るさは、コンボでは武器だが、ビッグバンドの低音セクションの中では少し軽すぎる。
もし読んでいるあなたが Meyer か近い系統で「最初の1本」を持ったところなら、次に問うべきは「何と混ぜて吹くか」です。コンボのリードで居続けるなら Meyer 路線を深めるのは十分アリ。ビッグバンドに軸足があるなら、私のように次の1本でもう一段暗い方向に振る理由が出てきます。
2本目:Otto Link ラバー 9番、続いてメタル ── 定番ルートを通った
Meyer で「もっと太く暗い音が欲しい」と感じ始めた私が次に買ったのが、Otto Link ラバーの 9番でした。バリサクのジャズ系定番ルートを通ったことになります。私はその後ラバーとメタルの両方を順番に試しています。
メタルのほうは、抜けとエッジが気持ちよかった。コンボで前に出る曲や、ファンク寄りのフレーズを吹く時には、今でも「メタルが恋しい」と感じる瞬間があります。ただ、同じバンドの中でバラードが1曲挟まると、そこで音が粗く立ちすぎた。メタルの「気持ちよさ」は、曲によっては暴れ馬になる、と私は学びました。
ラバーのほうは、落ち着きがありました。ただし今度は、自分の音の個性を乗せる余地が少ないと感じました。吹いた通りに鳴る、というのは安定する代わりに、楽器ごとの個性や奏者の息の癖を反映しにくいということでもあります。
ここで私は取り違えていたことがあります。「抜けが良い=良いマウスピース」と単純に思っていたのです。でも実際に吹いてみると、抜けが良いマウスピースは買うときは魅力、使うときは制御のしにくさに変わりうる。開きが大きめのマウスピースをアンブシュアの支えが追いついていないまま使うと、音程が揺れて戻ってこない。先に見直すべきだったのは、次のマウスピースではなく、アンブシュアの支え方のほうでした。
Otto Link で1年ほど過ごして、私は2つ学びました。
- 「抜けが良い」は、買う時の魅力であって、使う時には制御のしにくさに変わる。
- メタルかラバーかは、抜けの好みではなく、「どの音色と揃えたいか」で決まる。
この2つが、続く Gotts HS7、Jody Jazz、Berg Larsen メタル 120、そして現在の Berg Larsen ラバー 115 に辿り着く伏線になります。Otto Link 以降は単線の「3本目」ではなく、並行して試した3本の枝として書きます。
並行で試した1本:Gotts HS7 ラバー ── 攻撃性を持つラバーの可能性
Otto Link で「ラバーは落ち着きすぎる、メタルは暴れる」と感じていた時期に、私は Gotts の HS7 ラバーも試しています。Gotts は日本国内ではバリトン用の流通が極めて少なく、私が Gotts に触れたのは、当時の知り合いの奏者から「ラバーでも攻撃性のある音が出る」と勧められたのがきっかけです。
HS7 ラバーは、Otto Link のラバーよりは前へ出る音、Otto Link のメタルよりは丸さの残る音、という中間的なポジションでした。「ラバーで攻撃性」というコンセプトとしては成立していて、現在の Berg Larsen ラバー 115 を選ぶ伏線になっています。
ただ、私の運用では Gotts は定着しませんでした。理由は2つ。① 国内での試奏機がほぼなく、リードとの相性試行を1人で詰めるコストが高かった。② バスクラリネット持ち替えで木管寄りの音色を作りたい場面で、HS7 の攻撃性が邪魔になる瞬間があった。
もし読んでいるあなたが「ラバーで前に出る音が欲しい」という現在地にいるなら、Gotts HS7 は試す価値があります。ただし国内流通の薄さと、リードとの相性詰めのコストは織り込んでおく必要があります。
並行で試した1本:Jody Jazz ── モダン寄りに振ってみたが
Otto Link と並行する時期に、私は「もっと立ち上がりの速い、モダンな方向に振ってみたい」と考えて Jody Jazz も試しました。
良かったのは、鳴りの立ち上がりと音量です。コンボでアドリブを吹くときの押し出しは、これまでのどのマウスピースより強くなりました。
合わなくなってきたのは、バスクラリネット持ち替えの譜面と、ビッグバンドでバラードを吹く場面です。Jody Jazz は音色の振れ幅が「ジャズ側」に寄りすぎていた。他のサックスセクションや、ビッグバンドで一緒に吹く木管セクションと音色を揃えようとすると、ジャズ寄りに尖った成分が抜けてくれない。
ここで私は、判断軸の3番目に気づきます。
社会人のアマチュア奏者は、1本のマウスピースで複数ジャンルを混ぜて吹く時間が圧倒的に多い。コンボ専門・ビッグバンド専門に分けられる環境はむしろ少数派です。だから1本を選ぶときには、「このマウスピースで自分が吹く想定の全ジャンルを、最低ラインでこなせるか」を基準にしたほうがいい。尖った1本を買って専用運用するより、幅のある1本を核にして、必要に応じて2本目を足すほうが、社会人の時間配分には向いています。
並行で試した1本:Berg Larsen メタル 120 ── 現在のラバー 115 への直前段階
Gotts HS7 で「ラバーで攻撃性」の方向は見えたものの、もう一段「メタルの抜け」が欲しい時期が私にはありました。そこで Berg Larsen のメタル、開き 120 を試しています。
メタル 120 は、私がそれまで触ってきたメタル(Otto Link メタル)よりさらに開きの大きい、攻めの方向のセッティングです。コンボでファンク寄りの曲を吹くときの抜けは、確かにあった。Pepper Adams の音色を意識した個体の選定でもありました。
ただ、120 という開きは、私のアンブシュアにとっては制御の上限に近かった。バラードや、バスクラ持ち替えのある日のリハーサルでは、120 の自由度は逆に手綱を握る側のコストになります。社会人で 1 日に複数ジャンルを行き来する現場では、120 のメタルは「攻めたい曲だけのスポット用」になりやすい。
ここで私は判断軸の3番目に再度ぶつかります。開きは「楽に鳴らせる最大値」ではなく「自分のアンブシュアで複数ジャンルを制御しきれる範囲」で選ぶ。これが Berg Larsen メタル 120 から現在のラバー 115 への移行理由です。
メタル 120 と現在のラバー 115、両方とも Berg Larsen で開きは近い(120 と 115)。違うのは素材だけ。素材を変えるだけで「攻めの 120」が「中心点の 115」になる、というのが私が遍歴の最終段階で得た認識でした。
現在メイン:Berg Larsen ラバー 開き 115
Jody Jazz と Berg Larsen メタル 120 で「モダン寄りに尖りすぎた/開きが大きすぎた」と気づいた私が辿り着いたのが、現在メインで使っている Berg Larsen のラバー、開き 115 です。
選んだ理由を、できるだけ私の言葉のまま書きます。
ぶりぶりの曲だけじゃなくて、バラードだったり、バスクラリネットの譜面を持ち替えるときもある。そういうときには、少し木管に近い音色に合わせる必要がある。それをやろうとしたとき、やはりラバーのほうがいい。そういう結論で、今はこれを使っています。
Berg Larsen のラバーは、私の運用に一番合っています。木管寄りの柔らかさを残しつつ、コンボでアドリブに回ったときの抜けも 115 という開きで確保できる。妥協点、と書くと後ろ向きに聞こえるかもしれませんが、私は「複数ジャンルの中心点」と呼んでいます。どのジャンルでも70点を取れる1本を選ぶほうが、私の運用には確実に効きます。
「ラバー1本で全部やれ」ではなくて、ラバーを軸に、曲によってメタルを持ち替える。これが今の私の運用です。メタル枠の現役は次の H3 で紹介します。
現在サブ:Yanagisawa メタル 9番 ── メタル枠の選択肢を複数化する意味
現在のメインは Berg Larsen ラバー 115 ですが、メタルの抜けが欲しい曲のために、サブで Yanagisawa のメタル 9番を持っています。
Berg Larsen のメタル 120 を持っていた時期もある中で、なぜ現在は Yanagisawa メタル 9 なのか。Yanagisawa メタル 9 は、メタルだがゴリゴリしすぎない、というのが私の体感です。Berg Larsen メタル 120 の「攻め」と、Otto Link メタルの「丸さ」の中間にあって、しっかり抜けるけれど自由度が暴れない。
「メタルが2本持ちで何の意味がある?」と聞かれることがあります。社会人で複数ジャンル混在の現場で吹く奏者にとって、メタル枠を1個に絞ると、その1個に合わない曲が必ず出てくる。Berg Larsen メタル 120 一択にしていた時期は、バラードでメタルを使いたい瞬間に音が粗くなりすぎる問題がありました。Yanagisawa メタル 9 を併用するようになって、メタル枠の中で曲によって持ち替える運用が可能になっています。
ただし、これはサブ機材で、メインは Berg Larsen ラバー 115。サブを増やすのは、メインの軸が固まった奏者の話です。初心者がいきなりメタル2本+ラバー1本を持つのは、判断軸が散らかってお勧めしません。私自身、メインを Berg Larsen ラバー 115 に固定するまでに 5〜6 年かかっています。
私が遍歴から取り出した4つの判断軸
判断軸1:その1本で「複数ジャンルを混ぜて吹けるか」
現役の社会人プレイヤーは1本で複数ジャンルを回す時間が長い。専用1本で尖らせるより、幅のある1本を核にして必要なら2本目を足すほうが運用コストが低い。
判断軸2:メタルかラバーかは「抜け」ではなく「何の音色と揃えたいか」で決める
バスクラ/クラリネット/バラード多めならラバー。攻めたい/ファンク/コンボで前に出すならメタル(または持ち替え前提)。
判断軸3:開きは「楽に鳴らせる最大値」ではなく「自分のアンブシュアで制御しきれる範囲」で選ぶ
大きい開きは買うときの魅力に見えるが、支えが追いついていないと音程が暴れる。開きは楽器のスペックより、自分の身体のスペックから決めるものです。
私の場合、Berg Larsen メタル 120 から現在のラバー 115 への移行は、まさにこの判断軸3の応用でした。120 という開きは複数ジャンル混在には大きすぎ、115 のラバーが現実の運用に合っていた。素材を変えるだけで「攻めの 120」が「中心点の 115」になる、という認識は、開きの数値だけを見ていては辿り着けません。
判断軸4:試奏できないなら、同じ曲をその奏者がそのマウスピースで吹いている録音を徹底的に聴く
音源が、欠けた試奏の代わりになります。判断の軸は耳の中に作られるもので、楽器店の数分の試奏だけでは作れません。
Otto Link を買って合わなかった人へ
ここまで読んで、「私も Otto Link を買ったが、思っていたような芯のある太い音にならなかった」と感じている人がいるかもしれません。私はその感触に覚えがあります。ラバーもメタルも両方通った道です。
ただし、ここで次のマウスピースに走る前に、一つ確認してほしいことがあります。その音程のブレは、マウスピースが悪いのではなく、アンブシュアの支え方が追いついていない可能性のほうが高いということです。
開きが大きめのマウスピースは、支えの緻密さを要求します。Otto Link の 7 や 7* は、アルトやテナーの経験者が「この開きで楽勝だろう」と思って手にすると、バリサクの管体の長さと息の抵抗のぶんだけ、アンブシュアの要求が一段上がります。そこで支えが追いつかないと、音程が揺れて戻ってこない。
先に見直すべきは、次のマウスピースではありません。次節で書きます。
マウスピースを買い替える前に見直すべきこと
私は今でも、セッティングより身体のほうが、音への効きは大きいと考えています。
セッティングはもちろん大事だけど、それよりも先にあるのは、身体の使い方のほう。マウスピースや楽器より、身体が核だと私は思っています。
身体の中にも、私は優先順位をつけています。①アンブシュア ②体幹・姿勢 ③呼吸 の順で見直すようにしています。巷でよく言われる「息の量を増やせ」は優先順位3番目で、その前に、アンブシュアの支え方と、姿勢の安定を見直すのが先です。
マウスピースを次々試しても、身体の核が定まっていなければ、どの1本でも同じ結論(合わない)になります。どのマウスピースでも芯が薄く感じる/どのマウスピースでも音程が揺れる、という状況に心当たりがあるなら、マウスピースの買い替えは一旦止めて、身体の3階層を先に見直したほうが、結果的にマウスピース代を節約できます。
身体3階層の詳細と、耳で理想像を先に獲得してからアンブシュアを逆算するやり方については、別記事「バリトンサックスのアンブシュア、緩めるか支えるか。自分で決める判断軸」で書きました。本記事から続けて読んでもらえると、私の判断軸がもう一段繋がります。
ペッパー・アダムスと私の Berg Larsen は何が違うか
バリサク × ジャズの文脈で Berg Larsen と言えば、ペッパー・アダムスが有名です。ただしアダムスはメタル、私はラバー。同じブランドでも、メタルとラバーで音色の方向性は別物です。
アダムスのあの切り込むような芯の立ち方は、間違いなくメタルならではのもの。私がメタルを併用で残しているのも、「あの方向に振りたい曲がある」と身体で知っているからです。ただ、社会人のアマチュアとして、バスクラ持ち替えやバラードも含めた多ジャンルを1本で背負うなら、私はラバーを軸にするほうが運用が楽でした。
「同じ Berg Larsen を使うならアダムスと同じメタルがいい」という発想は、音源で聴ける音の魅力としては正しい。しかし、あなたの現場が私と同じように「複数ジャンル混在」なら、ラバーという選択肢も検討する価値があります。詳しくは奏者紹介記事で扱っています。
まとめ:私が「5選」を書かなかった理由
バリサクのマウスピースは、他のサックスより情報が少なく、試奏機会も限られます。だからこそ「◯選」を並べるより、一人の奏者の遍歴を丁寧に読んだほうが、あなた自身の1本を選ぶ判断軸になります。
私の現在のフルセッティングを、最後に書いておきます。6種類の遍歴を経た後の現在地です。同じ情報をサイトのプロフィールページ(このサイトについて)の機材セクションにも整理して載せてあります。
- 楽器:Selmer Mark VI(ロングベル、1960年代、元プロ使用個体)/Martin Committee III(ショートベル、1960年代)
- マウスピース メイン:Berg Larsen ラバー 開き 115
- マウスピース サブ:Yanagisawa メタル 9番(メタル枠の現役)
- リード:Lavoz Medium Soft/Forestone Bamboo Medium
- リガチャー:マウスピース付属のもの(意図的に重視していない)
このセッティングは、私が「ビッグバンドとコンボを両方やる/バスクラも持ち替える」という現場から逆算して決めたものです。あなたの現場に同じ条件はないかもしれません。そのぶん、ここまで書いた4つの判断軸を、あなた自身の条件に差し替えて使ってもらえれば、私の遍歴はあなたの1本を選ぶ素材になります。
次の選択肢
この記事の判断軸(保存しておく)
- その1本で「複数ジャンルを混ぜて吹けるか」を最優先で見る
- 素材は「抜け」ではなく「揃えたい音色」で決める(バラード/木管寄りならラバー)
- 開きは「自分のアンブシュアで複数ジャンルを制御しきれる範囲」から決める
Amazon リンクは Amazon アソシエイト・プログラムのリンクです。評価や推奨順は報酬額では変わりません。
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消耗品やアクセサリは Amazon で揃えやすいので、リンクをまとめておきます。
リード選びで悩んでいる方は「バリトンサックスのリードの選び方完全ガイド」、マウスピースの前に身体を見直したい方は「バリトンサックスのアンブシュア、緩めるか支えるか。自分で決める判断軸」もあわせてどうぞ。