「次世代(Next Generation)バリトン奏者の筆頭」——米国の著名バリトン専門サイト JazzBariSax.com はそう記した。バリトンサックス界に綿々と受け継がれてきたビバップの系譜、ペッパー・アダムスからゲイリー・スマルヤンへと流れたその血脈は、現在フランク・バジーレ(Frank Basile)という奏者の中に最も純粋な形で宿っている。

彼の名前は日本ではまだ広く知られていない。しかし、ヴァンガード・ジャズ・オーケストラ(VJO)、カウント・ベイシー・オーケストラ、マイケル・ブーブレのツアーバンドといった超一流の現場で「バリトンの椅子」を任されてきたその実績は、現代ジャズシーンにおける彼の確固たる地位を物語っている。今こそ、フランク・バジーレを深く知る時だ。


生涯と形成的背景

イリノイ生まれ、ネブラスカ育ち

フランク・バジーレは1978年、イリノイ州に生まれ、ネブラスカ州で育った。中西部という土地柄は、ニューヨークのようなジャズの「渦中」とは距離を置いた環境だ。だが、その地理的な「遠さ」こそが、彼に音楽の本質と真剣に向き合うための時間を与えたとも言える。

バジーレが本格的な音楽教育に踏み出したのはノーステキサス大学(UNT)への進学だった。UNT はジャズ教育の世界では知らぬ者のない名門校であり、その象徴が「One O'clock Lab Band」——世界で最も権威あるジャズ教育アンサンブルの一つだ。

UNT One O'clock Lab Band——6学期連続という快挙

One O'clock Lab Band への加入は、激しいオーディション競争を勝ち抜いた者だけに許される名誉だ。バジーレはそのバンドに6学期(約3年)連続で在籍した。単に「入れた」だけでなく、それだけの長期間にわたって首席バリトン奏者として認められ続けたことは、彼の実力の確かさを証明している。

大学在籍中、バジーレは最優秀学部生として卒業した。技術的な習熟度だけでなく、音楽に対する学術的・理論的な理解においても抜きんでていたことがうかがえる。One O'clock Lab Band という厳しい現場で鍛えられたアンサンブル感覚と、最優秀という評価が示す理論的バックボーン——この組み合わせが、後の彼の「精緻なサイドマン」としての資質を形作った。

ジュリアード音楽院——初代ジャズ課程メンバーという歴史的役割

UNT 卒業後、バジーレはさらなる飛躍を遂げる。名門ジュリアード音楽院が、その歴史上初めてジャズ専門課程を開設した際、バジーレは初代ジャズ課程メンバーの一人として選出された。これは単なる「在籍した」という事実を超えた、歴史的な意味を持つ。ジュリアードがジャズという音楽を正式に教育体系の中に取り込んだ最初の瞬間に、彼は立ち合い、その場を形成した一人なのだ。

ジュリアードでの研鑽を経て、バジーレは2001年にニューヨークへ移住した。世界のジャズの中心地に、入念な準備を整えた一人の若きバリトン奏者が踏み込んだ瞬間だった。


キャリアの軌跡

2001年、ニューヨーク——最前線への参入

ニューヨーク移住後のバジーレのキャリアは、驚くべき速度で展開した。UNT と ジュリアードという二重のアカデミックな洗礼を受けたその実力は、すぐに一流の現場から認められることとなる。

彼が関わったビッグバンドとアンサンブルを並べると、その幅の広さと質の高さに圧倒される。

  • ヴァンガード・ジャズ・オーケストラ(VJO)——毎週月曜夜、ヴィレッジ・ヴァンガードで演奏し続けるジャズ史上最長稼働のビッグバンド。スマルヤンの主戦場でもある、ビバップ伝統の牙城。
  • ディジー・ガレスピー・オールスター・ビッグバンド——ビバップの父・ディジーの遺産を引き継ぐ楽団での活動は、ハードバップへの深い共鳴を示す。
  • ジミー・ヒース・ビッグバンド——ジャズ界の重鎮ジミー・ヒースの下で培ったビッグバンド・イディオム。
  • ボブ・ミンツァー・ビッグバンド——現代のビッグバンド作曲・編曲の第一人者との共演。
  • カウント・ベイシー・オーケストラ——ジャズ史上最も格式あるビッグバンドの一つでの演奏経験。
  • マイケル・ブーブレ——グラミー賞受賞のポップ・ジャズ・アーティストのツアーバンドへの参加。ジャズの外側の広大な音楽世界との接点。

これだけの多様な現場をこなしながら、バジーレが常に「バリトンの椅子」を任されてきたという事実が、彼の「非の打ち所のないサイドマン(Prized Sideman)」としての評価を裏付けている。

Boss Baritones——スマルヤンとの世紀のコラボ

バジーレのキャリアの中でも特別な輝きを放つのが、師匠とも呼ぶべきゲイリー・スマルヤンとのコ・リーダープロジェクト「Boss Baritones」だ。

このプロジェクトのコンセプトは明確だ——1930年代、カウント・ベイシー楽団を席巻したテナーサックスの二大巨頭、レスター・ヤングとハーシェル・エヴァンス。互いに対照的なスタイルを持ちながら同じバンドで並び立ったその偉大なテナーのペアリング伝統を、バリトンサックスで再現する。スマルヤンが積み上げてきたビバップの貫禄と、バジーレが持ち込む現代的な精緻さ——二本のバリトンが正面から向き合うとき、そこには歴史の重みと現在進行形の熱量が交差する。

また、スマルヤンとの関係はプロジェクトの枠を超えている。VJO という同じ舞台で共に演奏し続けること、教育の場でも世代を超えて接点を持つこと——バジーレにとってスマルヤンは単なる「共演者」ではなく、アダムスからスマルヤンへと連なる系譜を次の世代へと渡す「橋渡し役」でもあるのだ。


音楽的スタイルの解剖

スマルヤン直系のビバップ——ただし「自分のもの」として

フランク・バジーレのスタイルを一言で表すなら、「スマルヤン直系のビバップを、精緻に現代化した音楽」だろう。彼自身が公言しているわけではないが、VJO での共演歴、Boss Baritones プロジェクト、そして同じ教育現場でのつながりを通じて、スマルヤンからの影響は明らかだ。

ペッパー・アダムスが確立した「アグレッシブでドライブ感あふれるバリトン奏法」を、スマルヤンは現代のジャズシーンに継承した旗手だ。バジーレはその語法をさらに内面化し、大きなビッグバンドの文脈でもスモールコンボでも同等の説得力で機能するサウンドへと洗練させている。

「精緻なアプローチ」——音色・ピッチ・アンサンブル

バジーレの演奏哲学の核心は、彼が教育の場で繰り返し強調する二つのキーワードに凝縮されている——「効率性(Efficiency)」「正確な空気の流れ(Air Flow)」だ。

バリトンサックスは、その巨大な管体ゆえに多量の息を消費する楽器だ。しかし無尽蔵に息を送り込めばよいわけではない。正確な場所に、適切な量の息を、効率よく流すこと——これが「軽快に見えるほど自然な演奏」の基礎であり、長時間のビッグバンドセッションでも疲弊しないスタミナの源泉でもある。

VJO のようなハードなビッグバンドで「非の打ち所のないサイドマン」と評されるのは、こうした技術的な基盤があればこそだ。アンサンブルの中でピッチを整え、セクションとして機能し、かつ自分の声もしっかりと主張する——その両立をこれほど自然にこなせる奏者が、次世代の筆頭と呼ばれないはずがない。


これを聴け!名演ガイド

1. "Thursday the 12th"(リーダー作)

バジーレのリーダー作として最も聴くべき一枚。クァルテット/クインテット編成による直球のジャズアルバムで、自身のオリジナル曲と選りすぐりのスタンダード・ビバップ曲を収録している。ここで聴けるのは「サイドマンとして精緻に機能するバジーレ」ではなく、フロントラインのソリストとして全力でフレーズをドライブするバジーレだ。彼が持つビバップの語法の深さ、バリトンという楽器で縦横無尽に音を紡ぐ瞬発力——すべてが最も直接的に現れる。まずはこの一枚から聴き始めてほしい。

2. "Boss Baritones"(スマルヤンとのコ・リーダー作)

ゲイリー・スマルヤンとのコ・リーダーアルバム。現代で最も濃密な「バリトン対バリトン」の記録だ。スマルヤンの重厚な音圧とバジーレの精緻なアプローチが同じ空間でぶつかり合い、絡み合い、時に溶け合う——その化学反応を聴くためだけでもこのアルバムには価値がある。アダムス→スマルヤン→バジーレという系譜を「音」で体感するなら、このアルバムが最良の入口になる。

3. "Pepper Adams: Complete Compositions, Vol. 4"(リーダー作)

ペッパー・アダムスが遺した楽曲集のシリーズ第4弾として、バジーレがリーダーを務めた録音。アダムスの書いた曲の多くは、バリトンサックスの機動力と表現力を最大限に引き出すように設計されている。その曲群をバジーレがどう解釈し、どんな音で吹き込んだか——これは単なるトリビュートではなく、バジーレ自身の「アダムスとの対話」だ。バリトンのジャズ史そのものに触れるような深みがある。


機材とセッティング

カテゴリ 詳細
楽器 A Selmer Super (Balanced) Action(Low Bb、シリアル #39xxx)
楽器 B Selmer Mark VI(Low Bb、シリアル #177xxx)
マウスピース Metal Berg Larsen 110/2(非常に古いヴィンテージ個体)
リード A Rico Reserve(現 D'Addario Reserve) 3½
リード B Rico Jazz Select 4M

両楽器ともに「Low Bb」——これは哲学だ

バジーレのセッティングで最初に目を引くのは、2本の楽器がどちらもLow Bb モデルであることだ。現代のバリトンサックスは「Low A」モデル(最低音が通常より半音低い「A(ラ)」まで出せる拡張モデル)が主流であり、多くの奏者が Low A を使用している。

しかしバジーレは Low A を選ばない。師匠のスマルヤンも同じ選択をしていることは偶然ではないだろう。Low A のために延長されたベル(朝顔管)は、音響的なトレードオフをもたらす。ベルが長くなることで低音域のオープン感が変化し、セクションの中でのブレンドに影響が出るという考え方がある。

Low Bb モデルは、ベルが短い分だけ低音域がよりオープンで「歌うような」響きを持つ。倍音構成がシンプルで、他の楽器との融合が自然だ。アンサンブルの中で精緻に機能することを演奏の核心に置くバジーレにとって、この選択は奏法哲学と直結している。

Selmer SBA と Mark VI——二本のヴィンテージの使い分け

楽器 A のSelmer Super (Balanced) Action(SBA)はシリアル #39xxx のヴィンテージ個体。SBA はおよそ1946〜1954年ごろ製造されたモデルで、後の Mark VI に先立つ「もう一つの黄金期」を代表するセルマーの傑作だ。深みのある音色と豊かな倍音が特徴で、スモールコンボでのソロにとりわけ映える。

楽器 B のSelmer Mark VIはシリアル #177xxx。Mark VI はジャズサックスの世界で最も伝説的な楽器の一つであり、1950年代後半から70年代初頭にかけて製造されたこのシリーズは、カーネギーホールからダウンタウンのクラブまで、あらゆる現場で証明されてきた。優れたレスポンスと芯のある音は、ビッグバンドのアンサンブルでも埋もれない存在感をもたらす。

Metal Berg Larsen 110/2——ヴィンテージ・メタルが生む切れ味

マウスピースはMetal Berg Larsen 110/2の非常に古いヴィンテージ個体。Berg Larsen はデンマーク製の老舗マウスピースブランドで、メタル製のモデルは明るく切れ味のある音色を持つことで知られる。

「110/2」の「110」はオープニング(リード先端とマウスピースの隙間)の大きさを示し、「2」はバッフル(内部形状)の角度に関わるパラメータだ。ハードラバー製のマウスピースに比べ、メタル製は音の輪郭がシャープになり、ビバップの速いパッセージでのアーティキュレーションの切れ味が増す。

注目すべきは「非常に古いヴィンテージ個体」という部分だ。同じ 110/2 でも製造年代によって内部形状の細部や金属の組成が異なり、音色の個性も変わる。バジーレが「ヴィンテージ個体」にこだわるのは、現行品とは異なる倍音バランスと空気感を持つ個体が存在するからだ。良いヴィンテージ品を探し出すこと自体が、奏者の音への真剣さを示している。

リードの選択——安定性と信頼性

Rico Reserve(現 D'Addario Reserve) 3½Rico Jazz Select 4Mの二種類を使用している。どちらも品質の安定性が高いことで知られるブランドだ。多忙なプロ奏者にとって「いつでも同じパフォーマンスが出せるリード」は必需品であり、これらの選択はバジーレの実用主義的な感覚を示している。

マウスピース選びの詳細は「バリサクのマウスピースを4本乗り換えて Berg Larsen ラバー115に辿り着いた理由」も参考にどうぞ。


ジャズ史における位置づけ

アダムス→スマルヤン→バジーレ——系譜の三代目

フランク・バジーレをジャズ史の中に位置づけるには、彼が継承する系譜を辿る必要がある。

ペッパー・アダムス(1930–1986)は、ハードバップの時代にバリトンサックスを「刃(The Knife)」と化した。アグレッシブで直線的なアプローチ、高速のパッセージをバリトンという重厚な楽器で難なくこなす様は、当時の聴衆を驚嘆させた。「バリトンで、ここまで激しくビバップができる」ということを世界に証明した存在だ。

ゲイリー・スマルヤン(1956–)は、アダムスのその語法を現代に継承した「伝統の守護者」だ。DownBeat Critics Poll で7度もバリトン部門1位を獲得し、現在も VJO を本拠に最前線で活動し続けている。アダムスへのオマージュアルバム『Homage』はその姿勢の象徴だ。

そしてフランク・バジーレ。スマルヤンのビバップの精神を受け継ぎながら、より現代的なアンサンブル感覚と精緻な音色設計を持ち込んだ「三代目」として、今まさに現役で活動している。アダムスが切り拓き、スマルヤンが磨き上げ、バジーレが現代に更新する——この系譜は、バリトンサックスがビバップという文脈で生き続けるための「背骨」だ。

「現代」に生きる伝統

バジーレは単なる伝統の受け皿ではない。カウント・ベイシー・オーケストラという最も格式高い舞台でも、マイケル・ブーブレという現代的なポップジャズの文脈でも同等に機能するその柔軟性は、「伝統を活かしながら現代と対話する」バリトン奏者としての稀有な実力を示している。

ジャズが進化し続ける中で、ビバップの語法を純度高く持ちながら、現代のあらゆる現場で機能し続けること——それがバジーレのジャズ史における意義だ。

この系譜をより詳しく知りたい方は「バリトンサックス ジャズ奏者 完全名鑑【レジェンドから現代・日本まで】」もあわせてどうぞ。


バリトン奏者として学べること

1. アカデミックな土台は「回り道」ではない

UNT での最優秀学部生という学歴とジュリアード初代ジャズ課程という経歴は、バジーレが「学ぶこと」を真剣に捉えてきたことを示している。ジャズは「自由な音楽」だが、その自由を本当に使いこなすためには、理論・歴史・アンサンブルに関する深い理解が必要だ。バジーレの足跡は、学校での訓練がプロとしての現場でいかに大きな力になるかを証明している。

2. 「効率性」と「正確な Air Flow」の徹底

バジーレが教育の場で繰り返し強調する「効率性」と「正確な空気の流れ」は、バリトン奏者にとって特に重要なテーマだ。大きな楽器を力任せに吹こうとすると、すぐに疲弊し、音程も不安定になる。「必要な量の息を、必要な場所に、正確に送り込む」という意識を持つことが、長時間のステージやリハーサルを乗り切る体力的な鍵であり、音色の美しさの根拠でもある。

3. Low Bb へのこだわりは「音色設計の哲学」

バジーレとスマルヤンが揃って Low Bb モデルを使用していることは、「流行に乗らず、自分のサウンドに必要なものを選ぶ」という姿勢の現れだ。現代では Low A モデルが主流だが、Low Bb のオープンで歌うような音色が自分の目指す音に合っているなら、それを選ぶ勇気を持つこと。機材選びは「目指すサウンド」から逆算すべきだ、とバジーレとスマルヤンの選択は教えてくれる。

4. ヴィンテージ機材への真剣な姿勢

Selmer SBA、Mark VI、そして Metal Berg Larsen のヴィンテージ個体——バジーレが使うものはすべて、容易には手に入らない「本物のヴィンテージ」だ。これらへの投資は、音色へのこだわりの深さを示している。完璧なヴィンテージ品を見つけるためには、多くの個体を試し、比較し、自分の耳で判断する経験を積む必要がある。その過程そのものが、自分のサウンドを育てる旅だ。

5. 「師」との関係を大切にする

Boss Baritones プロジェクトは、バジーレとスマルヤンが単なる共演者ではなく、音楽的に深く信頼し合う関係にあることを示している。スマルヤンのビバップの精神を最も近くで見続け、吸収し、自分なりに発展させる——そのような「師」との関係を築けることは、演奏技術と同じくらい重要な音楽家としての財産だ。


まとめ

フランク・バジーレは、現代のバリトンサックス界において最も重要な存在の一人だ。UNT One O'clock Lab Band での実戦的な鍛錬と、ジュリアード初代ジャズ課程という理論的・歴史的な深化——二つのアカデミックな経験が融合した演奏は、単なる「うまい奏者」の域を超えている。

ゲイリー・スマルヤンとの Boss Baritones プロジェクトは、アダムス→スマルヤン→バジーレという系譜が今も生きていることの証明だ。VJO を主戦場に、カウント・ベイシー・オーケストラからマイケル・ブーブレまで多様な現場で機能し続けるその実力は、「ビバップの語法を持ちながら、現代のあらゆる文脈に対応できる奏者」としての稀有な価値を示している。

Selmer SBA / Mark VI(ともに Low Bb)+ Metal Berg Larsen 110/2(ヴィンテージ)というセッティングは、彼の音色哲学の物質的な表現だ。「精緻さ」と「効率性」と「正確な Air Flow」——その言葉の通りの音が、あなたの耳に届くだろう。

バリトンサックスの未来は、フランク・バジーレのような奏者がいる限り、明るい。