バリトンサックスを吹く人間なら、一度は「現代で一番うまいバリトン奏者は誰か」という問いを立てたことがあるはずだ。答えは人によって異なるかもしれない。だが、DownBeat Critics Poll でバリトン部門を7度制した奏者の名前を、その議論から外すことはできない。

その人物こそ、ゲイリー・スマルヤン(Gary Smulyan, 1956年生まれ)だ。ペッパー・アダムスが「バリトンでビバップを語ること」を証明したとすれば、スマルヤンはその言語を受け継ぎ、現代の語彙で語り直している。攻撃的なリズム感、知的なハーモニー、そしてビッグバンド・セクションの中でも絶対に埋没しない強烈な存在感——それがゲイリー・スマルヤンという奏者の本質だ。

この記事では、彼のロングアイランドでの少年時代から、ウディ・ハーマン楽団での突然のバリトン転向、ニューヨーク移住とヴァンガード・ジャズ・オーケストラへの参加、そして楽器セッティングの哲学まで、バリトン奏者の視点から徹底的に掘り下げる。


生涯と形成的背景

ロングアイランドのアルト少年

ゲイリー・スマルヤンは1956年4月4日、ニューヨーク州ベスページ(Bethpage)に生まれた。ロングアイランドの郊外都市で育った彼は、10代からアルトサックスを手に取り、急速にその腕を磨いていった。

当時の彼にとってのヒーローは、伝説的なアルト奏者フィル・ウッズ(Phil Woods)だった。スマルヤン自身が後のインタビューで語っているように、彼はウッズと同じレザーストラップを使い、マウスピースの角度まで完璧に模倣するほどのめり込んでいた。「ストラップの角度まで真似た」というエピソードは、彼がいかに音楽に真剣に向き合う少年だったかを物語っている。

高校時代には、チェット・ベイカー、リー・コニッツ、ジミー・ネッパーといったジャズの巨匠たちと共演する機会にも恵まれた。大人のプロと渡り合うその実力は、当時のニューヨーク近郊の音楽シーンでも早くから注目を集めていたという。

フィル・ウッズからバリトンへ——1978年の転換点

スマルヤンがバリトンサックスと出会ったのは、必然ではなく偶然だった。1978年、ホフストラ大学(Hofstra University)の最終学年だった彼に、ウディ・ハーマン率いる「ヤング・サンダリング・ハード(Young Thundering Herd)」から一本の電話が入った。内容は、長年楽団でバリトンを担当してきたブルース・ジョンストン(Bruce Johnstone)の後任として、バリトンの椅子に座らないかというオファーだった。

問題がひとつあった。スマルヤンはバリトンを吹いたことがなく、楽器すら持っていなかった。

しかし彼はチャンスを逃さなかった。ヤマハのスチューデントモデルを手にしてコネチカット州のリハーサル会場へ向かい、ほぼゼロから学習を始めた。特に過酷だったのは、ハーマン楽団の定番曲——「Four Brothers」と「Early Autumn」を暗譜で演奏しなければならないという条件だった。どちらも技術的に要求が高く、ハーマン楽団のアイデンティティを象徴する名曲だ。

スマルヤンはわずか半年でその核心を掴み、それ以来アルトを吹くことはなくなったという。「フィル・ウッズのストラップの角度まで真似た」アルト少年が、バリトンの世界に完全に転向した瞬間だった。


キャリアの軌跡

ニューヨーク移住とメル・ルイス楽団参加(1980年)

1980年、スマルヤンはニューヨーク市へ移住した。ジャズの中心地に根を下ろした彼が加入したのが、メル・ルイス・ジャズ・オーケストラ(Mel Lewis Jazz Orchestra)——後のヴァンガード・ジャズ・オーケストラ(Vanguard Jazz Orchestra)の前身となるビッグバンドだ。当時の指揮者はボブ・ブルックマイヤー(Bob Brookmeyer)であり、スマルヤンはそのブルックマイヤー指揮下でバリトンの椅子を担った。

ヴィレッジ・ヴァンガード(Village Vanguard)での毎週月曜夜の演奏は、ニューヨーク・ジャズシーンの伝説的な定期公演として知られる。スマルヤンはそこに参加し続け、この関係は現在も継続している。ニューヨーク移住から40年以上が経つ今も、彼の活動の核にはヴァンガード・ジャズ・オーケストラとのこの絆がある。

Three Baritone Saxophone Band——マリガンへのオマージュ

スマルヤンのキャリアの中で特筆すべきユニークなプロジェクトが、Three Baritone Saxophone Bandだ。メンバーはスマルヤン、ロニー・キューバー(Ronnie Cuber)、そしてニック・ブリニョラ(Nick Brignola)——現代バリトン界を代表する3人が揃って、ジェリー・マリガンの音楽を再解釈するプロジェクトだ。

バリトン3本という編成は、通常の弦楽トリオやホーン・セクションとはまったく異なる音響空間を生み出す。低音が主役となる密度の濃いアンサンブルの中で、3人それぞれのキャラクターが際立つ——スマルヤンの攻撃的なビバップ語法、キューバーの野太いファンクネス、ブリニョラの驚異的な機動力。マリガンの音楽という共通の「テキスト」を読み解く3つの視点が交差する、稀有なプロジェクトだった。

『Homage』(1994年)——ペッパー・アダムスへの深い敬意

スマルヤンのリーダー作の中で最も重要な一枚が、1994年発表の『Homage』だ。タイトル通り、彼が最大のインスピレーション源と仰ぐペッパー・アダムス(Pepper Adams)へのトリビュート作品であり、全曲がアダムスの作曲で構成されている。

ペッパー・アダムスは1986年に世を去ったが、その「アグレッシブなバリトン」の語法——重厚かつ鋭角的なフレージング、ビバップの文法を徹底的に消化したハーモニー——はスマルヤンに最も忠実に受け継がれた。この『Homage』は、単なる追悼アルバムではなく、スマルヤンがアダムスの音楽言語をいかに深く内面化しているかを示す「宣言書」でもある。

受賞歴——業界が認めた「現代バリトンの最高峰」

スマルヤンの演奏力は、複数の権威ある賞によって繰り返し証明されている。

部門 受賞年
DownBeat Critics Poll バリトン奏者 2009, 2011, 2015, 2016, 2022, 2023, 2024(7回)
DownBeat Reader's Poll バリトン奏者 2014, 2015, 2018, 2019
Jazz Journalists Award バリトン奏者 2009, 2010, 2019, 2022
Grammy Award (B.B. King, Joe Lovano, Dave Holland ほかとの作品) 6回受賞

DownBeat Critics Poll で同一部門を7回制覇というのは、ジャズ界全体を見渡しても極めて稀な記録だ。批評家たちの間で長年「現代バリトンの最高峰」として名前が挙がり続けるのは、単なる知名度ではなく、常に第一線で演奏し続ける実力の裏付けがあるからに他ならない。

教育者としての顔——アマースト大学とバークシャー・ヒルズ

演奏活動と並行して、スマルヤンはマサチューセッツ州アマーストに居を構え、アマースト大学(Amherst College)で教鞭を執っている。さらに、発達障害を持つ若者のための音楽学校バークシャー・ヒルズ・ミュージック・アカデミー(Berkshire Hills Music Academy)ではアーティスティック・ディレクターを務める。演奏だけにとどまらず、音楽教育と社会貢献の両面でジャズの未来を支えているのだ。


音楽的スタイルの解剖

「アグレッシブなバリトン」というアダムスの遺産

スマルヤンの演奏スタイルを一言で表すなら、「ペッパー・アダムス系譜のアグレッシブなバリトン」だ。

ペッパー・アダムスが生涯を通じて追求したのは、「バリトンサックスをビバップの言語で語ること」だった。それ以前のバリトン奏者——ハリー・カーネイやジェリー・マリガン——が丸く暖かい音色と滑らかなフレーズを得意としたのに対し、アダムスはより硬質で鋭角的な音を選び、アルトやテナーと同じくらいの速さと密度でビバップのラインを展開した。「The Knife(ナイフ)」という異名はその音の鋭さから生まれた。

スマルヤンはこの語法を正面から受け継ぎながら、そこに独自の知性とリズムの重みを加えた。彼のフレーズはビバップの文法に忠実でありながら、「単なる模倣」ではない。ハーモニーへの深い洞察と、テンポのどんな局面でも崩れない安定したスウィングが、スマルヤンのアドリブをアダムスの継承を超えた「独自言語」たらしめている。

重厚かつ攻撃的なフレージング——バリトンでビバップを語る技術

バリトンでビバップを吹くことには、物理的な困難が伴う。楽器が大きく重く、発音のレスポンスがアルトやテナーより遅い。速いテンポで複雑なコード進行を処理するのは、テナー奏者の2倍の体力と集中力を要する。

スマルヤンが解決策として選んだのは、「ビバップのラインを小さく刻む」のではなく、「大きなフレーズを大きいまま押し通す」アプローチだ。息の支えを徹底的に鍛え、フレーズの頭と尾を確実に鳴らしきる。その結果、彼のアドリブは速いテンポでも「重厚感」を失わない——バリトンならではの質量感がそのままビバップの燃料になっているのだ。

これはアダムスが示した道であり、スマルヤンが最も忠実に継承した部分でもある。「速さ」ではなく「密度」——バリトンでビバップを語る本質はそこにある。


これを聴け!名演ガイド

1. 『Homage』(1994年)——アダムス全曲で綴る宣言

役割:リーダー作
注目ポイント:全曲ペッパー・アダムス作曲のトリビュート

スマルヤンを一枚で体験するなら、まずこれだ。全曲アダムス作曲という編成は一種のリスクでもあるが、スマルヤンはそれを完全に自分の語法で吹ききる。アダムスの書いた旋律とコード進行の中に、スマルヤン自身の声がくっきりと刻まれている——これは「模倣」ではなく「継承」だと確信できる一枚。バリトン奏者にとっては「師匠のレパートリーをどう自分のものにするか」という問いへの最良の回答でもある。

2. 『Smul's Paradise』——スマルヤンの「今」を聴く

役割:リーダー作
注目ポイント:スタンダードとオリジナルを織り交ぜたオール・アラウンドな内容

タイトルにユーモアが滲む本作は、スマルヤンのバリトン・スタイルの円熟を示す一枚だ。ビバップの語法が基盤にありながら、「重さ」よりも「流れ」を感じさせる場面も多く、単に「アグレッシブ」という形容では収まらないスマルヤンの幅の広さが伝わる。彼のアドリブが「スウィングする」とはどういうことかを、この作品を聴いて確認してほしい。

3. 『Hidden Treasures』——発見と驚きのレパートリー

役割:リーダー作
注目ポイント:知られざるジャズの名曲を掘り起こす

タイトル通り、ジャズの歴史の中に埋もれた「隠れた名曲」を取り上げた作品だ。レパートリーの選択眼とそれを料理する力量が問われるこの企画で、スマルヤンは持ち前の知性的なアプローチを存分に発揮する。バリトン1本がいかにバラエティ豊かな音楽を語れるかを示す好例であり、「バリトンでジャズを吹く楽しさ」を再発見させてくれる一枚だ。

4. ヴァンガード・ジャズ・オーケストラのライブ盤——月曜の夜の現場

注目ポイント:ビッグバンド・セクションの中のスマルヤン

スマルヤンの真骨頂は、ビッグバンドのセクションの中にある。ヴァンガード・ジャズ・オーケストラのライブ録音を聴くと、彼のバリトンがいかにサックス・セクションを「下から支えながら、しかし存在感を主張する」かが体感できる。リード・アルトとバリトンの音色の距離感、テナーとのブレンド——これを聴くことで、スマルヤンの「セクション奏者」としての卓越した能力が明らかになる。


機材とセッティング

カテゴリ 詳細 補足
楽器 Conn 12M "Naked Lady"(Low Bb) 1930〜40年代ヴィンテージ
マウスピース Vandoren V16 B9(ebonite) Vandoren 公式エンドース中
リード Vandoren Blue Box Traditional 2.5 20年以上愛用
リガチャー Vandoren Optimum リードの反応を最適化

Conn 12M Low Bb——「あえて Low A を選ばない」という哲学

スマルヤンのセッティングで最も注目すべきは、楽器の選択だ。現代のバリトン奏者のほとんどが Low A(最低音ラ♭まで出る拡張モデル)を使う中、彼はConn 12M の Low Bb モデルを選び続けている。

なぜか。スマルヤン自身がインタビューで明確に答えている:

「Low A のために延長されたベルは、低音域のパワーを弱め、倍音構成を変化させる。その結果、セクション内での他の楽器とのブレンドが損なわれる」

これは楽器設計の観点から見ても興味深い見解だ。Low A モデルはベルをより長くすることで低い「ラ」まで音域を拡張する。しかし物理的にベルが長くなると、その空気柱の振動特性が変わる。具体的には、低音域の「開放感」が若干失われ、倍音のバランスが変化する傾向がある。アンサンブル内でのブレンド(他の楽器との音色の溶け合い)を最優先するスマルヤンにとって、Low A キーが生み出す音響的なトレードオフは受け入れがたいということだ。

「でも Low A が必要な曲はどうするの?」という疑問が浮かぶかもしれないが、そもそもジャズのビッグバンド・レパートリーで Low A が絶対に必要な場面は限られている。スマルヤンはそう割り切り、楽器全体のトータルな響きと音色のブレンドを優先させた。

Conn 12M はその「Naked Lady」という愛称でも知られる。ベルに施された女性像のエングレービング(装飾彫刻)が由来だ。1930〜40年代製造のヴィンテージで、アメリカ製らしい「どっしりとした暖かみ」と同時に、アダムス系のアグレッシブなフレーズに必要な「芯の強さ」を両立している。

Vandoren V16 B9——長年のパートナー

マウスピースはVandoren V16 B9(ebonite)。スマルヤンは Vandoren の公式エンドース奏者であり、このマウスピースを長年にわたって愛用している。

V16 シリーズはジャズ奏者向けに設計されたラインで、B9 はバリトンサックス用の開口部(オープニング)が比較的広めの設定だ。大きめのオープニングは、より多くの息の流れを要求する代わりに、音量のダイナミクスの幅が広がり、フレーズに「重さと推進力」が生まれやすい。これはスマルヤンのアグレッシブなスタイルと理にかなった選択だ。

なお、過去のインタビューや古いプロフィールでは「ヴィンテージの Metal Otto Link 9*」が記載されているものもある。これはかつて使用していたマウスピースで、現在の主力は V16 B9 に移行している点に注意が必要だ。

Vandoren Blue Box Traditional 2.5——20年変えない理由

リードはVandoren Blue Box Traditional No. 2.5を20年以上愛用している。Dansr(Vandoren の北米代理店)の公式サイトでは、スマルヤン自身がこのリードについてこう語っている:「頭の中にある感情を楽器を通して出力する際、余計な努力を必要としない完璧なレスポンスが得られる」。

2.5 という強度は、多くの奏者が「やや柔らかめ」と感じる番手だ。しかし重要なのは「番号の絶対値」ではなく、「マウスピースのオープニングと自分のアンブシュアとの組み合わせ」だとスマルヤンは強調する。V16 B9 の広めのオープニングと組み合わせることで、2.5 の柔らかさが生む「倍音の豊かさ」と「レスポンスの速さ」が最大化される——これが彼のセッティングの核心だ。

リガチャーはVandoren Optimumを使用。プレートの位置と圧力を細かく調整できる設計で、リードの振動を最大限に引き出す設計思想はスマルヤンの「音を最大化する」哲学と合致している。

マウスピース選びの詳細は「バリサクのマウスピースを4本乗り換えて Berg Larsen ラバー115に辿り着いた理由」も参考にどうぞ。


ジャズ史における位置づけ

カーネイ→マリガン→アダムス→スマルヤン→バジーレという系譜

バリトンサックスのジャズ史は、大きく5つの「世代」で語ることができる。

ハリー・カーネイは「バリトンがジャズの主役になれる」ことを証明した「始祖」だ。その大きな音とサブトーン、循環呼吸による驚異のロングトーンは、バリトンサックスというジャンルの可能性の扉を開けた。

ジェリー・マリガンは「ピアノレスのバリトン」という全く新しい文脈でバリトンの歌心を引き出し、クールジャズの旗手として世界にその名を広めた。マリガンのバリトンは「軽さと歌心」の代名詞だ。

そしてペッパー・アダムスが「アグレッシブなバリトン」を提示した。ビバップの文法を体に叩き込み、アルトやテナーと同じ語彙でバリトンを語る——アダムスが切り拓いた道は、現代ジャズにおける「もう一つのバリトン語法」の原点だ。

そのアダムスの直系継承者として君臨するのがスマルヤンだ。彼はアダムスの音楽言語を最も忠実に——しかし単なるコピーではなく、独自の視点と現代的な洗練を加えながら——引き継いだ。

そしてスマルヤンの次世代に位置するのがフランク・バジーレ(Frank Basile)だ。バジーレはスマルヤンを師匠と仰ぎ、さらに精緻で現代的なアンサンブルの中での役割を追求している。スマルヤンとバジーレの「Boss Baritones」プロジェクトは、まさにこの師弟関係が音楽として結実した企画だった。

「スタンダード・ベアラー」という称号の重み

スマルヤンはしばしば「スタンダード・ベアラー(Standard Bearer)」と称される。「旗手」「水準を保つ者」という意味合いのこの言葉は、単に「上手い奏者」という以上の意味を持つ。

ジャズにおいてスタンダード・ベアラーとは、特定の音楽語法・スタイルの「番人」のような存在だ。それは過去を守ることではない。アダムスが切り拓いた「アグレッシブなバリトン」というアプローチを現代に生き続けさせ、次の世代へ渡す「橋」としての役割を担うことだ。スマルヤンが40年以上にわたってその役割を果たし続けているのは、彼の演奏の質と一貫性があってこそだ。


バリトン奏者として学べること

1. セッティングは「楽器の総和」として考える

スマルヤンのセッティングが教えてくれる最大の教訓は、「各パーツを個別に評価するのではなく、組み合わせとして考える」ことだ。V16 B9(広めのオープニング)+ Blue Box 2.5(やや柔らかめのリード)という組み合わせは、一見矛盾するように見える。しかしこの組み合わせが、彼のアンブシュアと呼吸と合わさったとき、「完璧なレスポンス」が生まれる。

「このマウスピースに合うリードは何番か」という問いに正解はない。大切なのは「自分の吹き方・楽器・音楽スタイルに何が合うか」を実験しながら探り続けることだ。スマルヤンが20年同じリードを使い続けるのは、その答えをとっくに見つけているからだ。

2. Low Bb の選択——「何が使えるか」より「何が鳴るか」

Low A を持っていると「使える音域が広い」という安心感がある。しかしスマルヤンの選択は「鳴りと音色のクオリティ」を最優先した結果だ。楽器選びにおいて「仕様のスペック」より「実際の音響」を優先するという姿勢は、現代の奏者が陥りがちな「機材スペック競争」へのアンチテーゼでもある。

バリトンを選ぶとき、Low A が絶対に必要かを一度立ち止まって考えてみるといい。もし主な活動がジャズのビッグバンドやコンボなら、Low A が必須の場面は意外と少ない。その代わりに「楽器全体の鳴り方」「他の楽器との音色のブレンド」を基準に選ぶのも、正当な戦略だ。

3. ビバップの語法は「体に叩き込む」ものだ

スマルヤンがウディ・ハーマン楽団に入団したとき、「Four Brothers」と「Early Autumn」を暗譜で演奏しなければならなかった。この「暗譜」という条件が重要だ。楽譜を見ながらでは、フレーズは「読む作業」になる。暗記して体に染み込ませることで初めて、フレーズは「語彙」になる。

スマルヤンが持つビバップのラインの豊かさは、この「体に叩き込む」学習プロセスの積み重ねだ。スタンダードの旋律、アダムスのフレーズ、マリガンのアンサンブル——これらをただ弾ける状態にするのではなく、「暗記して自分の語彙にする」練習を意識的に積み重ねることが、バリトンでビバップを語る力に直結する。

4. 「師匠の曲を全曲吹く」という学習法

『Homage』は全曲ペッパー・アダムス作曲のアルバムだ。これは単なるトリビュートではなく、「師匠の作品を全曲掘り尽くす」という最高の学習法でもある。影響を受けた奏者の曲を一曲ずつ完全に吹ききってみる——その過程で、その奏者の音楽的思考法、好むコード進行、旋律の発想の癖が体に入ってくる。

バリトン奏者として尊敬する先人がいるなら、その人の代表曲をいくつか完全に暗譜して演奏してみることをお勧めする。スマルヤンが40年かけて体得したことの断片が、きっとそこに見えてくる。


まとめ

ゲイリー・スマルヤンは「現代バリトンサックスの最高峰」という称号にふさわしい、希有な存在だ。ロングアイランドのアルト少年として出発し、ウディ・ハーマン楽団でのバリトン転向を経て、ニューヨーク移住後にヴァンガード・ジャズ・オーケストラの中核となった彼の歩みは、どんな「バリトン奏者になりたいか」を問い続ける物語でもある。

ペッパー・アダムスから受け継いだ「アグレッシブなバリトン」の語法、Conn 12M Low Bb が生む「セクションとのブレンドを損なわない音響設計」、そして20年以上変えていない V16 B9 + Blue Box 2.5 + Optimum のセッティング哲学——これらすべてが、「バリトンでビバップを語る」という一つの信念から導き出されたものだ。

DownBeat Critics Poll の7冠も、グラミー賞6回受賞も、その信念を貫き続けた結果に過ぎない。音楽の本質を見失わずに40年以上第一線で演奏し続けることの難しさと尊さを、スマルヤンの音楽は静かに、しかし力強く語りかけてくる。

バリトンサックスを手にしているなら、まず『Homage』を一枚聴いてみてほしい。ペッパー・アダムスへの深い愛情と敬意、そしてその言語を現代に語り直すスマルヤンの確固たる声が、そこにある。